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信長公忌法要は、天正十年(1582年)6月2日の本能寺の変(織田信長自刃)の後、同年7月3日三男信孝から本能寺を信長公の御墓所とする旨の書状が当山に送られ、信長公御廟所が建立されたことに由来する。信長まつり2日目に大本堂に於いて、大本山本能寺御貫首猊下御導師のもと、式衆・信長まつり関係者の面々・檀信徒・一般の方々等が出仕・参詣し、読経唱題による法要が厳修される。
これは、単に信長の名声を宣揚しようとするものでなく、悲劇の最期を遂げた信長と従者たち・讐敵光秀と従者たちの霊を弔う法要であり、また法要を営むことで、改めて信長や光秀の事跡や人物、生き様などを知って頂くためのものである。そして、更には、中世の世の乱れの中で果たした法華宗の役割を通して、ひろく「法華経の教え」=「お題目」の縁に触れて頂くためのものである。
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